日本に於ける「職務記述書(Job Description)」のない職場が、グローバル人材を逃している

2001年、帰国して最初に感じた違和感は、採用の現場にありました。

アメリカでキャリアをスタートさせた私にとって、Job Description(職務記述書)は当たり前の存在でした。何をする人を採用するのか、何ができれば合格で、何が期待値なのか。それが明文化されていることが、採用の大前提でした。

ところが日本では違いました。

帰国して、職業紹介会社に登録しに出向き、ちょうど良い案件があるので、と言われた私は
担当者にJob Descriptionについて聞いたとき、こんな言葉が返ってきました。

「職場の廊下にゴミが落ちてたら拾うのが日本でしょ?それが職務記述書に書いてなくても。」

ゴミは拾う。それは人として当然です。でもそれは、職務範囲の定義とは全く別の話です。


なぜ日本に職務記述書が根付かないのか

日本企業の多くが長年採用してきたのは、**「メンバーシップ型雇用」**です。仕事に人を付けるのではなく、人に仕事を付ける考え方です。

入社した社員は、営業・総務・人事・経理・企画などに異動しながら育成されます。入社時に職務内容が厳密に決まっていないことが多く、「会社のメンバーとして採用する」という発想がベースにあります。

この文化の中では、職務記述書は必要とされませんでした。

実際、日本の中小企業では現在も、社長の指示で何でもやる、担当範囲が曖昧、繁忙期は他部署を応援する、という働き方が一般的です。「職務記述書はないが、求人票(外資でいうところの職務記述書とは異なり曖昧です)と業務マニュアルはある」という状態がよく見られます。


時代は変わりつつある

しかし近年、状況が変わってきました。

人手不足、専門職採用、外国人採用、リモートワークの普及、ジョブ型人事制度の導入。これらの流れを受けて、中小企業でも職務記述書の作成を検討するケースが増えています。

2020年以の労働者派遣法改正により、派遣社員にも「同一労働同一賃金」が適用されました。正社員・契約社員・パート・派遣社員の間の不合理な待遇差を解消することが目的です。

ただし「同じ給料にしろ」という意味ではありません。職務内容、責任の重さ、配置転換の範囲などが違うなら差があっても構いません。ただし、説明できない差はダメという考え方です。

さらに政府は近年、「日本型職務給」「ジョブ型人事」を推進しています。メンバーシップ型では何をしている人か曖昧、職務範囲が曖昧、給与決定理由が曖昧になりがちで、「同じ仕事なのになぜ待遇が違うのか」を比較しにくいからです。職務内容の明確化→職務評価→職務給、という流れが出てきています。


職務記述書がないと何が起きるか

職務範囲が曖昧なまま採用を進めると、組織には3つの問題が生まれます。

①社員が「何でも屋」になる
期待値が不明確なまま入社した社員は、何をどこまでやればいいかわかりません。結果として「とりあえず全部やる」か「空気を読んで動く」しかなくなります。そして、「頑張っているのに評価されていない」とか「採用時に「やれるよ」と言われた仕事と違う」とかいった経緯で昨今のメンタルヘルス問題にも直結しています。

②外国人材が定着しない
「空気を読んで動く」は、日本語ネイティブにしか通用しない職務記述書です。グローバル人材を採用しても、期待値が言語化されていなければ、彼らは何をすべきかわからないまま孤立します。

③評価が属人的になる
職務範囲が明確でないと、評価も「なんとなく頑張ってた」「上司との相性」に左右されやすくなります。公平な評価制度の構築は、職務記述書の整備なしには難しいです。


中小企業こそ、今が整備のタイミング

「職務記述書は大企業のもの」という認識があります。でもそれは違います。

むしろ中小企業こそ、一人ひとりの役割が組織全体に直結するからこそ、誰が何をするのかを明文化することが重要になります。外国人材の採用、リモートワークの導入、組織のフラット化。これらを進めようとするとき、最初に壁になるのが「職務範囲の曖昧さ」です。

ゴミは拾う。でもそれは人としての話。どちらかと言うと、「常識感」や「人となり」や「育ち」の問題です。
そこは、面接で見抜けば済む話です。

職務記述書は、ゴミを拾わせるための書類ではありません。組織を正しく動かすための設計図です。

職務記述書の整備や人事制度の見直しについて、外資系HR17年の経験を活かしてサポートいたします。お気軽にご相談ください。


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